日本人の英語教育が読解偏重である理由とその問題点

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日本人の英語教育は読解偏重であると言われています。文法と単語を覚え、正確に読めるようになることを重視しています。それゆえ学校の試験は文法と単語、読解が中心であり、リスニングや英作文のウエートは軽い傾向があります。スピーキングにいたっては、テストを受けて点数を付けられた経験がない人がほとんどでしょう。
日本の英語教育がこのスタイルになった理由は3つあります。

1つめは日本が欧米の学問や知識を吸収して発展するとき、英語を読める必要があったことです。
文明開化以降、欧米との交流が盛んになり、あちらの優れたところを学ぼうとしました。そのとき障壁となるのが言語で、学ぶべき内容を含む書物を訳すことが求められました。勉強する動機が訳すことですから、その方法は当然ごとく読解中心になったのです。

2つめは漢文を読む文化があったことです。
欧米から学問と知識を学ぶ以前から、日本は中国の影響を受けていました。学問だけでなく芸術分野でもその影響は大きく、学ぶイコール漢文という時代もあったほどです。私たちが使っている文字は、漢字とそれをアレンジしたかな文字です。ですから読み方を学べば漢文を読めるようになれます。そういった事情で、言語を学ぶことは読解をすること、というイメージが続いているのです。

3つめは4能力すべてに優れた教育者を育てられていないことです。
中学校や高校の教員の多くは、20代前半でその職に就きます。しかも就職してからの多忙はメディアが報道している通りで、言語学習を深める時間はありません。つまり20代前半までに4能力を身に着けなければ、それを教育することができないということです。これまで述べてきたとおり読解偏重のこの国で4能力をマスターするのは難易度が高いです。その結果として、スピーキングやライティングを教える能力のない教員で溢れかえる現状となりました。

読解が得意であることに越したことはありませんが、他の能力を軽視してはいけません。なぜなら海をまたいでの人の移動が増え、外国人とコミュニケーションをする機会が増えているからです。リーディングは情報を得たり、人の主張を理解したりする手段ですが、一方通行です。自分の主張をする手段であるライティングとスピーキングができなければ双方向のコミュニケーションは成立しません。またリーディングとライティングは時間がかかり、即時性がないことから、それだけでは対人の交流では難しいです。これらの問題をクリアするために、4能力すべてを伸ばす英語教育法が求められています。